諏方神社
 御祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)。創建は元久2年(1205)と伝えられている、豊島左衛門尉経泰によると伝えられている。信州諏訪神社の分社で、通常は「諏訪」と表示するものが、ここでは元禄時代の軸に「諏方大明神」とあることに拠り「諏方」としている。ここは諏訪台とよばれる台地にあり、管理人も子供の頃親に連れられ、電車を見にきました(昭和30年代はまだ周囲に高いビルもなく、常磐線や京成線の電車を遠くから見ることができました)
(徒歩6分)



富士見坂
  諏方神社のすぐそば。都内に16ヶ所ある富士見坂と呼ばれる坂の中で、唯一のちゃんと富士山が見える場所と云われていたのですが、最近ここから1.3km離れた本郷通りに13階建てのビルが建設され、山の稜線の左側が隠れてしまいました。でもまだ半分以上見ることが出来ますよ。
(徒歩5分)




朝倉彫塑館
 早稲田大学・大隈重信象の作者で近代彫塑の父として知られている朝倉文夫のアトリエ兼住居の跡。外観は洋風ですが、回廊及びそれに囲まれた中庭は純和風。圧巻なのは、屋上にあるオリーブの巨木。最近話題の屋上庭園のはしりといえます。但しこの屋上庭園はあまり手入れされてない感じがするのが残念です。
(徒歩7分)



観音寺(築地塀)
 真言宗の寺院。第六世の朝山大和尚は赤穂浪士の近松行重と奥田行高と兄弟であった為、数々の便宜をはかり寺内でしばしば浪士らの会合が開かれたと云われています。ここに残る築地塀は都内では唯一残るもので、プロアマ問わず写真家達の絶好の対象となっているようです。時には道に座って画を描いている人も見かけます。
(徒歩8分)



岡倉天心記念公園
 ここは岡倉天心の旧居があった場所で、さほど広くない園内には六角堂があり、天心坐像が安置されています。
東京美術専門学校(後の東京芸大)の創立に尽くし第二代目の校長となり、横山大観、下村観山などを育てました。
園内には桜があり、毎年花見の時期には、地元町会有志による野点が行われています (徒歩7分)



谷中霊園
 谷中霊園は明治七年に作られ、敷地は約三万坪。徳川慶喜はじめ、渋沢栄一、鳩山一郎、牧野富太郎、横山大観、長谷川一夫など各界の有名人の墓がたくさん有ります。
ここは地元では桜の名所として知られており、ここから上野公園までの道は、シーズンともなれば、多くの見物客が訪れます。(徒歩10分)



蛍坂
 江戸時代、坂の下は湿地が多く蛍沢と呼ばれていたためこの名がついたそうです。
非常に狭く人がすれ違うのがやっとの道幅。坂を登って左折するとすぐ観音寺の築地塀にでます。
(徒歩7分)



三崎坂(さんさきざか)
 上野忍岡、湯島、谷中の三つの丘があい対しているところから、この名が付いたと云われ、別名を首ふり坂とも呼ばれています。 この坂の両側には寺が多く並んでいます。江戸時代の代表的美人=笠森おせんの碑がある大円寺、山岡鉄舟開基の全生庵 (ここは中曽根元総理が座禅に訪れていたことでも有名)などがあり、我家の菩提寺=長久寺もここにあります。
(徒歩8分)



谷中銀座
 それほど大きな商店街ではないが、安く質がよい品物が多いと評判。 いまでも都内で一番安いと思っている人も多くいるそうです。西日暮里駅の開業に伴う人の流れの変化、 近隣への食品スーパー出店など、過去の危機を乗切り今も元気な商店街として頑張っています。 惣菜を中心とした食料品系のお店が多いのも特徴です。マスコミ等で頻繁に紹介される店は偏っていますが、それ以外にも地元民が支持する、良いお店は沢山あります。[商店街HP有]
(徒歩4分)


天王寺五重塔跡
 最初の天王寺五重塔は1644年に建立されたが、1772年目黒行人坂の大火によって焼失した。その後1791年に再建された五重塔は幸田露伴のモデルとして知られ34.18mの関東一の高さを誇り、震災・戦災をくぐり抜けてきたが、残念なことに1957年(昭和32年)に放火により焼失してしまった。(徒歩10分)



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